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やきとりについて

居酒屋フィールドワーカーであるならば焼鳥屋に行ったことのない者はいないだろう.

随分と昔に読んだ土田美登世(2014)『やきとりと日本人』は面白かったのだが,時間が経つとどうしても内容を忘れてしまう.

やきとりと日本人 屋台から星付きまで (光文社新書)

やきとりと日本人 屋台から星付きまで (光文社新書)

 

 やきとり屋は好きで普段からよく行くので,やきとりの歴史くらいは少しは知っておきたいものである.そこで,本書の第1章「やきとりの歴史学」を参考に,やきとりの歴史について少々メモをしておく.

昔は「とりを食べたい」=「ジビエを食べたい」

今日,やきとりといえばほとんどが「焼いた鶏(ニワトリ)」のことを指す.これは「とりを食べたい」といった場合にもあてはまる.しかしながら,やきとり=「焼いた鶏」と認知されるようになったのは,ごくごく最近のことらしい.鶏の祖先は,中国南部,インド,インドシナ半島に生息している野生の鶏らしい.この野生の鶏が家畜化されることで鶏になったということだ.中国の文献では3000年以上前に広く鶏が飼育されていたとの記録があるそうだが,日本については定かでないそうだ.日本の文献に鶏が初めて登場するのは『古事記』らしい.岩戸に引きこもった天照大御神に出てきてもらうために長鳴鶏を集めて鳴かせたそうだ.『日本書紀』には闘鶏が描かれているが,神事等に用いられており,宗教的な色彩があったという.しかし675年に「肉食禁止令」がでると,家畜を食べることは表向きは禁止となった.「表向き」と断っているのは,『続日本紀』では鶏がキジやカモと同様に食べるものだと記されているからだそうだ.「肉食禁止令」がどの程度拘束力のあったものなのかは分からないが,いずれにしても,この時代に鶏が広く食べられているという記録はないそうでである.それでは何の「とり」を食べていたのか.それは野鳥だそうだ.卵用の養鶏はあったそうだが,鶏が食用として広く普及するのは江戸時代のことであり,それまではそのへんを飛んでいる野鳥がとり料理の主役だったそうである.日本最古の料理書といわれる『厨事類記』には,「キジの塩漬け」や「キジの膾」が紹介されており,奈良・平安・鎌倉・室町時代におけるキジは上流階級のとり料理の主役だったらしい.キジ以外にも,ハクチョウ,ガン,カモ,ウズラ,スズメ,シギなどが食されていたようだ.ちなみに,「焼鳥」という語がはじめて登場した書物だろうと著者が述べるのは『宗五大草紙』である.武士の心得を記した『宗五大草紙』では,鷹狩りで得た鳥を「焼鳥」にして箸を手に持ちながら指ふたつで食べるという作法が紹介されているそうだ.

江戸時代のとり料理

17世紀に刊行されたといわれ,江戸の食文化について記述がある『魚鳥野菜乾物時節記』には時節の食材が挙げられている.そこでは,1月がツル,2月がガン,3月がキジ,8月がツグミ等があげられているが,鶏肉について言及はない.1643年に刊行された『料理物語』において,やっと鶏肉が出てくるそうだ.そこには17種類の野鳥の料理法とともに,鶏肉の料理法が記されているらしい.具体的な鶏肉料理は「汁」「いりどり」「刺身」「飯」が紹介されている.「いりどり」とは細かく切った鶏肉を酒に浸し,醤油やみりんで味をつけて煎ったものだそう.「やきとり」の語がはじめて登場するのも本書だそうだが,鶏肉には「やきとり」はなく,あくまでもヤマドリ,バン,シギの料理法だったそうだ.さらに,「やきとり」といっても現代のような「串に刺して焼いたやきとり」ではなくて,単に焼いたとりだったそうだ.その他にも野鳥の「串やき」というジャンルがあったらしいが,これも現代のやきとりではなく,丸焼きかとか半身だったようである.なお,現在も伏見稲荷の参道では当時の食べ方と思われるスズメの丸焼きが売っているそうだ.スズメはたまに現在の焼鳥屋でもみかける.『料理物語』から約50年後の『合類日用料理抄』には,串にさしたやきとりの描写が登場する.

鳥を串にさし 薄霜ほどに塩をふりかけ焼き申し候 よく焼き申し時分 醤油の中へ酒を少々加え 右の焼鳥をつけ 又一変付けて其の醤油の乾かぬ内に 座敷へ出し申し候

これってやきとりのタレに近いものなのだろうか.このように,鶏ではないが野鳥のやきとりがこのころから出てきたそうだ.だが鶏肉がやきとりとして食されるのにはしばし待たねばならない.江戸後期になると鶏肉が一般的に食べられるようになってきたそうだが,その代表的な料理のひとつが「とり鍋」であった.このころに創業したとり鍋屋は現在でも続いており,人形町玉ひで」,両国「かど家」,京都「鳥彌三」が有名である.

明治以降のとり料理

明治にはいると相変わらずとり鍋は人気であるどころか,高級料理として扱われるようになったという.一方で,B級グルメのような扱いだったのが「やきとり」だそうで,しかもこの「やきとり」とはとり鍋では使わない臓物だったらしい.また,「やきとり」とはいえ鶏の臓物ではなく牛や豚のそれを出すところがかなりあったらしい.これは特に東京で顕著だった.1950,1960年ぐらいまでは,やきとりと言えば鶏・牛・豚の臓物がイメージされたようである.というわけで,臓物以外の細かく切った鶏肉の部位が「やきとり」として定着したのはかなり最近のことなのらしいのだ.

 

以上はおおまかなまとめだが,ほかにもいろいろと面白いことがたくさん書かれているので,興味があれば是非とも本書を手に取って欲しい.これを読んで焼鳥屋に出かければ美味しさ倍増といったところだろう.

 

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